「焼身抗議をなされたトゥルク・ソバ・リンポチェ師のご遺言からチベット問題・焼身抗議を考える」

「自らを灯明と化した菩薩たちの願い」
~チベット問題・焼身抗議を考える~

「焼身抗議をなされたトゥルク・ソバ・リンポチェ師のご遺言からチベット問題・焼身抗議を考える」

最初に・・

2008年3月10日にチベット・ラサで発生した大規模抗議行動からもうすぐ4年になろうとしている。これまでも半世紀にわたる中国政府による耐えかねる弾圧・圧政により、命を奪われ、また、自ら命を絶ったチベット人が数多くいる中で、自らに火を放ち、焼身してまで抗議の声を叫ぶに至ったチベット本土における最初の犠牲者とされるのが、2009年2月27日、チベット・アムド地方アバ・キルティ僧院の僧侶・タペー師の焼身抗議である。

以来、現在(2012年2月8日)までに、チベット本土で焼身抗議を行った者は、既に20名を超え、そのうち少なくとも14名が亡くなり、数名が行方不明のままである。また、これまでの抗議への弾圧により、凶弾に倒れた者、不当逮捕・投獄された者、行方不明となっている者は数え切れないほどになってしまっています。

チベット問題の起因は、第二次世界大戦後、中華人民共和国の建国に伴って、中国がチベット支配・統治を進めるために様々な弾圧を進めてきたことにあります。特に、1949年からの軍事侵攻や飢餓などにより命を落としたチベット人犠牲者の数は100万人を超えているとされ、大量虐殺と共に、著しい人権侵害があり、民族・文化・宗教破壊、思想強要が行われているとして、現在においても国際的に解決・改善が必要な問題として扱われるように提起がなされています。

特に凄惨さを極める圧政・弾圧の嵐の中で、1959年3月のラサ民衆蜂起においてダライ・ラマ14世法王猊下がインドへと亡命し、亡命政府を樹立するに至ったことは象徴的な出来事となり、チベット人たちの心の支えである拠り所、チベット仏教界の指導的立場である法王猊下を失った打撃は計り知れないものとなりました。その後も中国共産党による民主改革や文化大革命、改革開放政策の下で、チベット人たちへの蹂躙は絶え間なく続き、主に挙げるだけでも、チベットへの漢族大量移民による民族浄化問題、チベット人大量失業・貧困化問題、チベット語・文化・芸術・教育の破壊問題、信教・言論の自由への侵害問題、環境問題・核開発問題などと、多くの圧政・弾圧による弊害がいまだに生じてしまっている状況となっています。

このような中で、ダライ・ラマ14世法王猊下は、亡命以来、チベット問題改善を国際社会に広く訴えられてこられたものの、いまだ十分な成果を得られることはできずのままであり、また、本土でもチベット人たちによる激しい抗議行動が繰り返されてきましたが、ことごとく封殺されてしまい、一向に改善されること なく今日に至っています。

近年の本土でのチベット人による抵抗運動においては、法王猊下の意向を汲んで、非暴力的な抗議行動が行われていますが、それでも激しい弾圧は依然として続き、ついには自らに火を付けて訴えるという手段を行うまでになってしまうほど状況は追いつめられており、2009年2月の僧侶・タペー師による焼身抗議以来、特に2011年3月からのここ一年にわたっては焼身抗議が続発している異常な事態となってしまっています。

このような中で、平成24年1月8日には、チベット仏教界の高僧であるトゥルク・ソバ・リンポチェ師による焼身抗議が行われてしまいました。次に、師の残されたご遺言を挙げさせて頂きまして、内容に関しまして、是非、皆様にもお知り頂きまして、チベットの現状とチベット仏教の理解にほんの少しでもお役に立てましたら幸いでございます。

以下より、トゥルク・ソバ・リンポチェ師のご遺言全文日本語訳の内容について・・

『内外の全てのチベット人同胞600万人へ。チベット人の幸福と、内外に引き裂かれた600万のチベット人が再び相まみえるために、その身を犠牲にした勇者トゥプテン・ンゴドゥップ氏を初めとする内外の勇者・勇女全てに感謝の意を表明する。私はすでに40歳を越えたが、これまで彼らのような勇気を奮い立たせることもなく過ごして来た。もっぱらチベットの伝統的文化と宗教を周りの人々にできるだけ伝える事に努力し続けて来た。』・・本文より

まず冒頭においてトゥルク・ソバ・リンポチェ師は、全てのチベット人たちに呼び掛けられる形にて、チベット人の幸福と、チベット本土内・外に引き裂かれて別れて暮らしているチベット人全ての人々が、再びチベットの地にて相まみえることを願われて、1998年4月27日にインドの首都デリーにて焼身抗議により犠牲となられたトゥプテン・ンゴドゥップ師を初めとするこれまでの内外の全ての抗議者に対して感謝の意を表明されます。

そして、師は既に40歳を越えられたものの、これまでの抗議者のように勇気を奮い立たせて抗議することはなく、チベットの伝統的文化と宗教について、周りの人々に伝える事に努力してこられたことを述べられています。

『21世紀に入った現在、今年(チベット暦ではまだ2011年)は命を捧げた勇者・勇女が沢山いた年だった。そこで私は彼らの血肉を象徴するために、己の身と命を投げ打ち(これまでの全ての有情の悪業の)許しを請うのである。全ての有情は父、母でなかったものはいない。計り知れぬ有情が野蛮人のように法に反する力に屈し、不善なる大きな業を為しつつある。心から彼ら(中国)の悪業を浄化したい。また、ノミやシラミに至まで、呼吸する全ての、この天空に満ちる有情全てが、死の苦しみを逃れ阿弥陀如来の下に生まれ、全智至上の完全な仏の位を得るために、己の命を供養物として捧げる次第である。』・・ 本文より

21世紀に入って、特に2011年の3月からのここ一年にわたっては、身命を賭した焼身抗議が続発している中で、命を捧げた犠牲者たちの覚悟や思いを象徴するためにも、自らも身命をなげうって、これまでの一切有情(輪廻の苦にある衆生)たち全てにおける悪業のお許しを頂きたいと願われます。それはどうしてであるのかとして、全ての有情は、幾前世かにおいて、かつての自身の父、母であったのかもしれないというチベット仏教の慈悲心・菩提心を起こすための基本的な考え方を述べられ、まさに、本来であれば怒り・憎しむべきであろう、チベット人たちを陵辱して危害を加え、仏法に反する不善を成す敵とも言える存在である弾圧・圧政を行う中国当局の人々に対してさえも、大いに慈悲の心を起こして、彼らの悪業による輪廻の迷い苦しみを取り除いてあげたい、悪業の原因である煩悩・無明を浄化させてあげたいと述べられ、更には彼らだけのみならず、ノミやシラミや小さな生き物たちも含めて、あらゆる一切有情が生死輪廻の世界から離れ、阿弥陀如来様の極楽浄土のもとへと往生し、完全なる一切智者としての悟りの境地を得られるようにするために、己の命を御供養するのだとして、大いなる慈悲による菩提心の決意が述べられているのであります。もちろん一切有情に例外はありません。それは生きとし生ける者たち全てであり、私も皆さんも当然にその中に含まれているのであります。

このように、この度のトゥルク・ソバ・リンポチェ師の御供養は、一切有情たち全てへと向けられており、その中には、この浅学菲才の未熟者なる愚拙も含まれ、この本文を読んでおられる皆様ももちろんで、実に有り難く、誠に尊いことであります。このように、皆、トゥルク・ソバ・リンポチェ師の御供養においての関わりがあり、この御供養と関係のない有情などこの世にいないのであります。

ゆえにも、私たちは、この度におけるチベットの問題についても決して無関心であってはいけないと強く思っております。一人一人が何らかの形でトゥルク・ソバ・リンポチェ師の御供養にお応えしていくことが望まれると考えております。

それは、本御供養により、一番には、仏教への帰依に繋がり、出離心、慈悲心、菩提心の滋養へとなれば最善なることでありますでしょうが、そうではなくても、チベットの現状を憂いてできること、例えば、チベット情勢の改善を願い、祈りを捧げること、これまでの全ての犠牲者たちを追悼すること、チベット関連の支援団体へ何らかの協力・援助をすること、活動・イベントなどに参加すること、抗議活動に参加すること、ツイッターやブログ、フェイスブックでチベット問題を取り上げたりすることなどでも良いでしょう。

何らかの形にてほんの少しでもトゥルク・ソバ・リンポチェ師のお志にお応えすることが非常に大切であると強く感じております。

『そして、至上の人の姿をした仏神であるダライ・ラマ法王を始めとするラマやトゥルク全てが永遠の命を保たれるよう、私の身と命をマンダラと化し捧げる。

<大地に香水を撒き散華し、須弥山、四大陸、太陽と月により荘厳し、これを仏の浄土と見なし捧げ奉るが故に、全ての有情が清浄なる浄土を享受できますように。自他の身口意と三世の功徳の集積と、宝の如しマンダラを普賢菩薩供養と共に、心に生起しラマと三宝に捧げ奉る。慈悲の心でお受け取りになり我に加持を与えたまえ。オーム・イダムグル・ラトナマンダラカム・ニルヤタヤミ>』・・本文より

次に、観音菩薩様の化身であられるダライ・ラマ14世法王猊下を始めとして、ラマ、転生活仏・トゥルクたちが、尚も転生を繰り返し、大いなる菩提心により、菩薩の化身として輪廻の迷い苦しみの中にある一切衆生の教化・救済にあたることができますようにとして、香水を捲いて、散華し、須弥山、四大陸、太陽と月を現じてマンダラを荘厳し、観想にて仏国土を現前に顕わさせしめて、その宝の如き心に生起させたるマンダラを慈悲の菩薩である普賢菩薩様の御供養と併せて、三宝(仏・法・僧)に捧げ奉り、一切衆生が清浄な悟りの境地、仏国土へといざなわれるようにと、諸仏諸菩薩がこの御供養を慈悲の御心でお受け取りになられて、加持(大いなる菩提心により輪廻の迷い苦しみの中にある一切衆生の教化・救済にあたることができる力)をお与え下さいとして、最後に真言を述べられておられます。

『この行為は自分1人のためになすのではなく、名誉のためになすのでもない、清浄なる思いにより、今生最大の勇気を持って、(ブッダのように、子トラたちを救うために飢えた)雌トラに身を捧げるようになすのだ。私のようにチベットの勇者・勇女たちもこのような思いで命を投げ出したに違いない。しかし彼らは 実行の際、怒りの感情と共に死んだ者もいるかもしれない。そうであれば彼らが解放の道を辿れるかどうかは怪しい。故に、様々な悟りへの道を思い出させてくれる船頭のような導師と、このような供養を捧げる善行の力に依って、将来、彼らを含めた全ての有情が全智至上の仏の位に到ることを祈願しながら行うのだ。 また、内外のラマ、トゥルク全ての長寿と就中ダライ・ラマ法王をポタラの玉座にお迎えして、チベットの政教を司ることができますようにと祈願する。』・・ 本文より

このような身命を三法に御供養する行為は、自分一人だけが悟りを得ようとするために行うものではなく、また、当然に避けるべき世間八法(利得、損失、称賛、非難、誉れ、誹謗、楽、苦)の一つである名誉のために行うものでもない、お釈迦様の前世物語の中にあるように、かつてのお釈迦様が、狩りができずに雌トラが飢えによりお乳が出ず、子どものトラが衰弱して死んでしまうことを憐れみて、身体を雌トラに捧げられたように、私もそのようなお釈迦様の前世にておこなわれた清浄なる慈悲の御心に添うように全力で身命を捧げるのだと述べられておられます。

そして、もちろん、これまで焼身抗議を行ってきたチベット人の勇敢なる善男子・善女子たちもこのような清浄なる慈悲の心にて身命を捧げたに違いないであろうと思われるものの、もしかするとその中には、怒りや憎しみなどの悪い感情(悪業)を抱えて亡くなってしまった者もあるのかも知れないとして、もしもそうであれば、その悪業による心相続の薫習、習気により、悟りへの道を歩むのは難しくなってしまい、悪趣(畜生・餓鬼・地獄)輪廻へと赴いてしまいかねないことを危惧なされておられ、その者たちにも、悟りへの道を再び歩めていけるようにと、ダライ・ラマ14世法王猊下やラマ、転生活仏のトゥルクなど導師たちに教化を願い、この度の善行の加持(大いなる菩提心により輪廻の迷い苦しみの中にある一切衆生の教化・救済にあたることができる力)によって、彼らも含めて、全て一切の輪廻の苦にある衆生たち有情が、悟りへと至らしめられるようにと、祈願のために御供養するのだと述べられておられます。

更には、内外のラマ、転生活仏・トゥルクたち全ての長寿と、チベット人たちの願いであるダライ・ラマ14世法王猊下をポタラ宮殿の玉座にお迎えして、チベットの政教を司ることができますようにと祈願なされるのであります。

『<雪山に囲まれしこの聖域の、全ての福利の源である、観音菩薩であられるテンジン・ギャンツォよ、濁世が終わるまで存命されますように。その加持の力が 天空の如く行き渡らんことを。間違った思いにより祖国に対し、危害を及ぼす黒い形を持つもの、持たないもの、思いと行動が邪悪な侵入者が、三宝の真理の力により根こそぎにされますように>

[かくの如し善なる…の二偈と、祈願の王と呼ばれる…等の一偈と、これと三世…等の一偈。タドヤタ、パンチャタライヤ(三宝)に三度礼拝する]』・・本文より

高い山々に囲まれたこのチベットという聖域の全ての福利、幸せの源である観音菩薩様の化身であられるテンジン・ギャンツォ(ダライ・ラマ14世法王猊下のお名前)師、どうかこの煩悩・無明に覆われてしまっているこの世が、悟りの光に充ち満ちるまで、ご存命なされますように、その大いなる菩提心により菩薩の化身として輪廻の迷い苦しみの中にある一切衆生の教化・救済にあたることができる力により、悟りの光がこの世の隅々にまで行き渡らんことを願い、煩悩・無明によって、危害を及ぼす悪業を持つ者、持たない者たちも含めて、チベットに対して危害を及ぼす動機と行動が邪悪なる侵入者たちが、どうか三宝の力(煩悩・無明を排撃する力)により、その者たちの煩悩・無明が根こそぎに絶やされて涅槃へと到れますようにと述べられて、各偈を読まれて、三宝に礼拝なされておられます。

あらゆる一切衆生の到涅槃へのいざないのためになさった、トゥルク・ソバ・リンポチェ師の焼身御供養。もちろん、御供養を賜った者の一人として、この拙生も、この御供養を真摯に受けとめなければならないと僭越ながらにも存じております。

『ここで、金剛同士たち、各地におられる信者たちに願う。みんな一致団結し手を取り合い、チベット人たちが将来輝きに満ちた一つの国家を取り戻すために奮闘せよ。これが命を捧げた勇者・勇女たちの願いだ。故に、土地や水等のことで争ったりせず、思いを一つにすべきだ。若者たちはチベットの文化を尊重し学び、年輩の者たちは自らの身口意を善なるものとし、チベット人の慣習と気質、言語等が衰退しないようにチベット人としてのアイデンティティーを保持し続けねばならない。同時に、チベット人の幸福と、全ての有情が解放と全智の位を得るために清浄なる仏法を行ずることが重要である。タシデレ(吉祥なる幸運を)。』・・本文より

三宝に帰依し、別解脱戒、菩薩戒、密教戒を授かって仏道を歩む者たち、また各地におられる師の信者たちに対して、この聖なるチベットの地にチベット人たちの願っている輝ける希望の光に満ちた自治が叶うように、一致団結して手を取り合って協力し合い、奮闘するようにと述べられておられます。

それが、これまでに身命を賭して焼身を行い抗議し訴えてきた犠牲者たちの願いであり、つまらない世間八法(利得、損失、称賛、非難、誉れ、誹謗、楽、苦)の中での小さなことで内々で争ったりはせずに、思いを一つにするべきであると述べられ、また、若者たちは、チベットの文化を尊重して学び、また年輩の者たちは、身・口・意の三つの善なる行いを成し、チベット古来の言葉・文化・芸術・慣習・思想などが衰退してしまわないように、チベット人としての誇りを忘れずに、アイデンティティーを保持するようにと願われておられます。

そして、チベット人の幸福のみならず、あらゆる一切の輪廻の苦にある衆生たち有情に、悟り、涅槃へのいざないがあるように清浄なる仏道の歩みを進めることが大切であると述べられて、祝福の言葉を掛けられておられます。

『そして、家族、同郷の人たち、友人たち、特に**[1人の名前を言うが聞き取れず]等みんなに伝えておく。私には隠してある財産など何もない。あるものはすべて以前より三宝に捧げ切っている。死後、大金が見つかったとか、ああだった、こうだったとか財産のことで噂する必要はない。兄弟姉妹、親戚、友人、各地の檀家たちもこのことを心得ておいてほしい。他、私が担保した財産や物品等は檀家たちが、地域の人たちやラマ、トゥルクたちによろしく分け与えてほしい。』・・本文より

そして、トゥルク・ソバ・リンポチェ師は、近しい人たちに対して、自身はトゥルクとして本来から私人として当然に無所有であり、僧侶として仏法による布施などにより得たるものは、全て既に仏法のために三宝に捧げきっていると述べられて、死後に僧院などにおいて、これはトゥルク・ソバ・リンポチェ師のお金ではないか、このお金はこうだ、ああだとくだらないことで噂することは全く必要ないので、兄弟姉妹、親戚、友人、各地の檀家たちもこのことをしっかりと理解しておくようにとして、自らの僧侶としての遺品については、形見分けとして、檀家や地域の者たち、ラマ、トゥルクたちに分け与えておいてほしいとなされておられます。

この遺品の数々は、次のソバ・リンポチェ師のトゥルク・転生者を探索する際に必要となる品々となるのでありますでしょう。

『それでは、自他の三世に渡り積んだ功徳の全てを母なる全ての有情、特に地獄等で苦しみを味わいつつあるものたちが解放を得られますようにと、以下の如く祈願する。

[祈願の王…など一偈。今生と三世の…など一偈を唱える]

最後に、内外の法友男女すべてに言いたい。悲しまないでほしい。ラマである善友に対し一心に祈るのだ。菩提を得るまで一瞬たりと離れることはない。老人たち、全ての人々よ、楽な時も苦しい時も、良い時も悪い時も、喜しい時も悲しい時も、如何なる時にも三宝以外に望みを託す対象はない。これを忘れないように。タシデレ。』・・本文より

次に、トゥルク・ソバ・リンポチェ師は、自らの過去・現在・未来の三世にわたる功徳、また他の者たちによる三世にわたる功徳の全てを、幾過去世においての母であった一切全ての有情たち、また、その中でも悪業により、悪趣(畜生・餓鬼・地獄)などで苦しみにある者たちにも及ぼせられて、悟り、涅槃への到りがありますようにとして、各偈を唱えられて祈願なされておられます。

そして、チベット内・外の法友たち全てに対して、どうか悲しまないでほしいと述べられ、法友たちのみならず、ラマ・僧侶たちに向けても、悟りへのいざないのあらんことを一心に供養して祈るものであるのだとおっしゃられ、自他共に全ての一切衆生、有情たちが悟りを得るまで、皆のもとを一瞬たりとも離れることはないとして、楽な時も苦しい時も、良い時も悪い時も、喜しい時も悲しい時も、いかなる時にも、それら世間八法(利得、損失、称賛、非難、誉れ、誹謗、楽、苦)などに惑わされることなく、仏・法・僧の三宝以外に望みを託す対象はないのだとして、決してこのことを忘れないようにと述べられて、最後に祝福の言葉を掛けられて、いよいよ焼身御供養を成されるに至られたのであります。

・・・・・・

ああ、自らを灯明と化されたトゥルク・ソバ・リンポチェ師の大慈大悲の御心の御供養にふれられた今、この時、どうして仏・法・僧の三宝への帰依の念が生じないでいられようか。

ああ、自らを灯明と化されたトゥルク・ソバ・リンポチェ師の大いなる菩提心により、輪廻の迷い苦しみの中にある一切衆生を救わんと御供養なされた師の加持力にふれられた今、この時、どうして菩提心が生じないことなどあろうか。

ああ、自らを灯明と化されたトゥルク・ソバ・リンポチェ師の御供養の加持力によって、一切の衆生たちの到涅槃へのお導きがあらんことを心から冀い奉らないことなど果たしてあるのだろうか。

どうか、自らを灯明と化されたトゥルク・ソバ・リンポチェ師の御祈願が円満成就なされて、無明を撃ち破る悟りの光が一切衆生へと及ぼされんことを強く懇願申し上げ奉ります。

深遠なる大いなる慈悲の御心にて、一切有情に御供養なされたトゥルク・ソバ・リンポチェ師に最敬礼申し上げます。どうか再び人間界に御転生なされまして、輪廻の迷い苦しみにある一切衆生を到涅槃へとお導き賜れますように心からお願いを申し上げ奉ります。

川口英俊合掌九拝(平成24年2月17日)

参照

「1月8日焼身死亡、ソバ・リンポチェの遺言 全訳」 – チベットNOW@ルンタ
http://t.co/shMo0jRY

チベットNOW@ルンタ・ダラムサラ通信
http://blog.livedoor.jp/rftibet/

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